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2012年2月 4日 (土)

楢山節考

30年前、能登の田舎から出てきたボクは、その田舎というものをあまり好きでなかった。能登より金沢へ、さらには大阪よりは東京へと逃げ出たかった。
浅はかと言えばそうだけど、「勉強」をすればみすぼらしく見える田舎の生活から抜け出て都会へ行くことができ、テレビに出てくる都会的な、それは消費主義的なものが中心だけど、そんな生活ができるのだと考えていたのだ。
「勉強」による学力はときにして「村を捨てる学力」になってしまうということを突きつけられたのは、皮肉にも、田舎の風習や労働から逃げ出してきた先の都会の大学での学びだった。

20120204img_1207_2授業や所属したゼミで、無着成恭(むちゃくせいきょう)による『山びこ学校』や東井義雄の『村を育てる学力』などの生活綴方(つづりかた)教育の古典(といっていいかどうか)を読み解き、さらに恵那や奥丹後の教育実践を知った。学ぶことで、自分の痛いところを自ら突くような気持ちがして、考え込まされた。

同時期、大学3年の社会教育関係の第1回目の講義だったと思う。中規模教室で100人くらいの学生に教えていたのは、太田政男先生。余談だが、ボクは先生のゼミに入ることが「500円ぽっちの酒肴事件」で決まっていたから、もちろん最前列にいた。
授業のなかで、地域というものについて先生が話されたんだけど、深沢七郎の『楢山節考』が紹介され、ボクは初めてそれを知るところとなった。ちょうど今村昌平監督による映画「楢山節考」の上映が始まったころだった。本は後で読むことにして、大学の帰りに池袋の映画館に足を向けた。

土俗とでもいおうか、現代のヒューマニズムとは相容れないような世界がそこにはあった。
20120204img_1208映画のテーマはともかく、描かれる風景が能登の田舎と重なってくる。ボクは田舎のことを思い起こしながら、ただただスクリーンを見つめていたのだった。 

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